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Veritas liberabit vos

Ad augusta per angusta

ジャーナリスト抹殺未遂事件について①

そもそもこのブログを立ち上げるに至った端緒は、twitter上での悪評と、上杉隆氏が代表を務めているNOBORDERが配信しているインターネット番組オプエドhttps://op-ed.jp/ から受ける上杉隆そのひとの印象があまりに乖離していることを訝しく思った筆者が、氏の著作や動画内容を検証し始めたことによる。

 

上杉氏の発信内容と世間からの評価の齟齬や力関係を検証していくほど、上杉氏がどれほど陰惨な手口にしてやられ、五年もの歳月、いわれのない中傷によって嘲笑され、貶められてこられたのかということが浮き彫りとなったため、居たたまれない思いで筆を執っている。

 

そして、この事件の構造を見抜けず(今も途上ではあるが)に見過ごしてきてしまったかつての己の無関心を恥じると共に、明らかな意図をもって大衆心理を煽動され、抹殺されてきた、上杉隆という、愚直なまでに実直にジャーナリズムに向き合い続けてきた一人のジャーナリストが正当に再評価される日が訪れることを願い、ささやかながら当ブログ上でこの事件の構造の可視化を試みることとした。(まとまった文章を記すのは大学時代ぶりであるし、本業が言論界隈ではない上、検証に取り組むのは初めてなため、読みにくい点が多くみられると思われるが、その点はご容赦願いたい。)

 

震災以降、排他性を増している我が国の大手メディアや言論空間には、いつになれば自浄作用が働き始めるのだろうか。その日の訪れは、ひょっとしたらこの拙いブログをご覧いただいた一人一人の「言葉」によってもたらされるのかもしれない。そんな言葉を紡ぐのは身の丈を知らない愚か者の世迷い言だと、これを読む貴方は笑うだろうか。しかし、いつの時代のどのような革命であれ、一つの巡り逢いから時代の変化は始まってゆくものであったはずだ。私は、このブログを読んでいるあなたと、ネットという仮想空間を通して、匿名ながら、ちゃんと巡り逢いたいのだ。そして、ささやかながら、私に託すべき言葉があるとするのなら、それを力一杯手繰り寄せて、贈れることを切に願っている。

 

※事前に断りを入れておきたいのは、私の敬愛する知人の中には、情熱を持って素晴らしい番組を作り続けておられるテレビ関係者の方や、気骨ある記事を書き続けておられる記者の方々があり、それぞれの持ち場で過酷な仕事をしてくださっているマスコミ関係者の方々の事を、深く尊敬しているということ。

そして、このブログの根底にある精神はあくまで「罪は憎めど人は憎まず」であり、特定の個人を誹謗中傷するために綴っているわけではないことを明白にしておく。本件に関して個人の名前がいくつか挙げられるが、彼らの全てを否定しているわけではなく、あくまで上杉隆氏に対する【度が過ぎた行為】に限定して言及し、明らかにする立場にあることを表明する。

 

 

 

 

それでは早速だが、ショーンK氏の経歴詐称のニュースから飛び火したことで私の目に留まった「上杉隆氏の経歴詐称疑惑」を入り口に、「メルトダウン報道デマ疑惑」をほんの少し齧りつつ、上杉隆氏という人物が今も現在進行形で受難し続けている現象についての見解を述べていきたい。

 

上杉隆氏にまつわる経歴詐称疑惑デマを流布した狙い】とは【自著において詳らかにされている経歴について毎回長々と説明をしろという非現実的な対応を強要するだけでなく、内定勤務であっても正社員でなければ、東京地裁から認定された2年半に及ぶ勤務実績があろうと、職歴詐称であるのだとレッテルを貼ることが目的であった】といえる。

 

今後も別の記事で追記していくことになってゆくだろうが、何分この上杉隆という人物は、気の毒なほど信じられないようなトラブルを受難することが多く、とかく人からの誤解を受け易いところがあるのだ。

 

例えば「1、交通事故で複雑骨折をしたために松葉杖をついた若者が優先席に座っていた」という表現と、「2、優先席に若者が座っていた」という表現では、読み手が受け取る印象や若者への風当たりと言うものはまるっきり違ってくるのだが、アンチ上杉の諸氏は1の発言の因果関係をごっそり切り離し、2、つまり「あいつは若者なのに優先席に座っていた人物ですよ」と結論づけ、高らかと勝利宣言をあげ、吊るし上げをする手法を好んで用いているのだ。なんと乱暴な論法であろうか。

 

こうなると、然るべき理由があったとはいえ、座っていたことは事実なので、若者は座ったのかと質問をされれば、そうだと答えることしか出来ない。そしてそのように答えた瞬間、そらみろこいつはクロだ!!と叫ばれたが最後、若者は邪推の渦に沈められ、世論は石を投げ始めることになるわけだが、ここまでくれば辺り一面、若者の声など掻き消されるほどの乱痴気騒ぎである。

 

そして、事情も知らない道ゆく人々は「石を投げられるってことは極悪人なんだな」という発想から「極悪人なのだから再発防止のためにこの石つぶてを投げておこう」とか「あのひとは極悪人らしいから関わらないようにしよう」といった具合に、若者が徹底して否定される土壌が完成するのだ。

 

一連の上杉隆叩きには上記のような構造での印象操作がおそろしく幅を利かせている。このような印象操作があるのだということまで正確に踏まえた上で上杉氏の発言に触れられる人物でなければ、上杉隆氏の言葉が届かなくなる環境を、彼らは連携しながら巧妙に築き上げたのである。

 

そのため、私自身は、上杉氏の発言は前後の文脈を可能な限り削がないスタイルで、シンプルに考察していくつもりでいる。上杉氏の場合、卒業の年に大学の事務局にコンピューターが導入され、30名ほどの学生が不具合で単位漏れとなったという経緯があり、自著において下記のように綴っている。

 

「不幸なことにその中で数名、卒業に直接影響してしまう学生がいました。そう、私はそのうちのひとりとなってしまったわけです。

ただ、ドイツ語の担当教授は授業にも出て単位も取得済、一切問題ないと言って、他の教授も当然に卒業を認めてくれていました。なにしろ大学側のミスなのです。ところが世間はそれほど甘くはなかった。私は本当の役人根性というものを知らなかったのです。地方の国公立大学の事務局長には文部省からの天下り役人が就くことが決まっていました。その大学が自分たちのミスを隠すために『ルールはルールだから』として学生側の問題にすり替えたのです。信じられない思いでした。

そのため、3月には卒業できないことになってしまいました。でも、そうした理由をNHKのSさんは十分に理解を示してくれて、たとえば3ヶ月後に単位が取れるというのであるならば、6月にでも改めて正式採用することにしよう、と、掛け合ってくれたのです。ところが大学事務局と学年主任担当教官は自分のミスを隠すために、頑として譲りません。

そうした事情を抱えながら、そのまま4月1日を迎え、私の身分は宙ぶらりんのままNHKで働き続けることになりました」

 

以上のように、上杉隆氏は、2010年の時点できちんと、全て、正確かつ詳細に、包み隠さずに自著「結果を求めない生き方」に職歴を書き記しているのだ。インターネット上に経歴詐称デマを流布した諸氏は、よくぞここまで印象を歪曲させたものだなあと驚愕する。

 

考えてもみてほしい。とうの昔に懇切丁寧に噛み砕いて語りつくし、公然の情報…つまり個人が開示することの出来うる最大級の発信の場である公の出版物をもってソースを提供した内容を、番組に出演する度、著作を刊行するたびに毎回毎回説明せよというのは、あまりにも非現実的な、いき過ぎた要求ではないだろうか。

 

そのような説明の尺をもらうことなど出来ない中で、公の出版物の中で自身の過去を赤裸々に公開し、説明義務を公的に果たしてある上杉氏に、これ以上何ができたというのだろうか。

 

池田信夫氏や江川紹子氏、町山智浩氏や小田嶋隆氏等のしてきた行為とは、公にされている事実確認の裏取りをすることさえ怠りTVや著作において「争点となる本題を討論する尺のため、短縮して説明した時のソース」を切り取っては、下劣な表現で上杉氏をこき下ろして大騒ぎしていたに過ぎない。

 

多くの大衆に影響力を持つ言論人を標榜しながら、下調べさえ怠るその職業倫理の低さと、驕りきった姿勢と怠慢によって、一人の人間を数の暴力でもって卑しめ続けてきた点に対して、静かな怒りが込み上げてくることを禁じ得ない。

 

 

ちなみに。これは蛇足だが、上杉氏の著作は2016年現在で共著を含めて35を超えており、タイトルだけでも巻末の経歴欄が埋まるほどの冊数がある。そのため、著作によってはベストセラーのタイトルさえ経歴欄に書き記さないものも存在している。そもそも、経歴欄とは短いセンテンスによって他の作品を知らせたり現在の動向のPRをすることのできる貴重な枠である。既に公の場でつまびらかにしてある職歴の説明にその貴重な枠を毎度用いさせねば気が済まないというのならば、それはおそらく上杉氏の問題ではなく、異常に執着して私刑を繰り返し続けている相手方の気質(

小倉秀夫 on Twitter: "ジャーナリスト様には難しすぎたようです。RT @uncorrelated: @Hideo_Ogura氏は、批判者が相手が死ぬまで追いかける気質では無いかと危惧しているだけで、別に上杉氏が死ぬ必要があるとは言っていない。 http://t.co/Qdr5BLiidS"

)を心配した方が良いのではないだろうかと筆者は推察している。

 

そもそも、上杉氏が箔を付けるために経歴詐称をするような虚栄心の強い人物であるならば、「結果を求めない生き方」「小泉の勝利 メディアの敗北」などといった失敗談だらけの本(華麗な虚像を作るには余りにも泥臭く、地道な内容であった)を出版するのでは、辻褄が合わない。隠すつもりがあるならば、過去の話はなんとしてもすり替えて回避しようとするだろう。そして政治家秘書時代に叩き込まれたであろう霞ヶ関論法を駆使して「うまく」やり、今頃多くの既得権益層と懇ろになり、ちやほやされていたのではないだろうか。

 

上杉氏がNHKで二年半に及ぶ勤務実績があることは東京地裁で証明されており、ニューヨークタイムズで45日間のインターン期間を経てリサーチャー(取材記者)をしてきたことについても、自著並びに公式ブログにてhttp://lineblog.me/uesugitakashi/archives/2003412.html 公表済みである。

 

詳細については、ネット空間で上杉氏が轢き回されるよりも前に刊行された著作「結果を求めない生き方」を読み進めていけば明らかな事である。池田信夫氏や石井孝明氏に加え、上杉氏に粘着したトロールたちは、これだけ誠実に書き上げてきたソースはなかったこととして、文脈をぶった切って引用し、誇大表現だの詐称だのと主張してきたのだから恐れ入る。

 

 

さらに追究を続ける。

 

多すぎる情報量に食指が動かなくなる体験は、誰もがした事があるだろう。誰もが、ソースを開く前に、その情報元の評価や口コミによってその信憑性をはかり、読む前に無意識に取捨選択を行う事で事前に「ハズレ情報」を避ける時代となっている。

 

このように情報の飽和した社会様相の下で、twitter2ちゃんねるなどの、発信に時間を要さないツールを用いて先入観を植え付けられ、印象を歪曲するよう誘導する方向に先手を打たれてしまえば、ネット空間で血祭りにあげられるよりも前に馬鹿正直に刊行した著作があったとしても、そもそもの著作まで読者が辿り着かなくなってしまう。

 

そうやって巧妙に声を上げる場を奪われてゆき、周りから狼少年として扱われていったとき、人はどうなるか。おそらく、誰にも自分の言葉など届かないのだと思って閉口するか、周りからウケるだろう立ち回りを始めるか、掻き消されてしまわぬように声を荒げることくらいしかできないだろう。例に漏れず、上杉氏はそうして声を荒げざるを得ない状況を作り上げられ、言葉の粗を生じさせられたところを丁寧に収穫され、前後の文脈を断ち切って切り出したソースを拡散されたことによって、見事に印象を誘導されていった。

 

さらに恐ろしいのは、江川紹子氏に及んでは、上杉氏への支持や関係があることを表明をした者に対してまで、関係を断ち切るよう介入してきたのである。一連の状況について、ジャーナリストの常岡浩介氏や弁護士の小倉秀夫さんが言及しているツイートがあるため、下記に添付しておくとする。

 

 

 

 

 

 

  

  

 

 

 

 

 

こうして、後ろ盾無くフリーランスとして活動している上杉氏を擁護する者が現れようものなら、その人物や周りの人間関係まで干渉されたり、ネットトロールからの破綻した質問攻めや否定の言葉によって粘着される可能性を臭わせた結果、上杉氏を孤立無縁の状況に陥れるための空気は見事に完成した。(事実、私自身、本当ならば実名でこのブログを綴りたい思いを圧し殺し、こうしてハンドルネームでの記述をせざるを得ない状況にあることは大変に不本意であり、そのことが悔しくてならないし、五年に及んで矢面に立ち続けた上杉氏の闘いを思うと、安全圏から記述している自身を不甲斐なく思っている。)

 

かくして、メルトダウンデマや経歴詐称デマをはじめとする悪質な印象操作によって、東日本大震災以降、上杉隆氏の発言の場はことごとく剥奪されていった。「ジャーナリストである上杉隆」は、文字通り、声を奪われ、言葉をも奪われたのだ。こうして上杉隆氏の言葉は封殺され、マスメディアで登壇する機会を奪われた上杉氏の言葉は効果的に無力化され、市井の人々との繋がりだけでなく、支持者との表立った縁の数々までもが断ち切られていったのだ。

 

 

 

 

願わくば、心ある諸氏には、上杉氏の身に降り掛かった、この常軌を逸した攻撃の実態を、可能な範囲で世に知らせていただきたい。検証を重ねるほどに浮かび上がって来るのは、上杉隆というジャーナリストが、お金にも名誉にも靡くことのない頑固さと不器用さを捨てられず、自身の発信内容を5年もかけて検証し直して訂正部分を周知するための本(小泉の勝利 メディアの敗北 2006年)を出版するような…それほど愚直に、言葉と発信に向き合ってきた人物であるということなのである。

 

上杉氏は存命ではあるが、この人物が、ジャーナリストである以前にひとりの人間であり、この一連の印象操作事件によって、多くの仕事や人間関係や可能性を断ち切られ、奪われただけでなく、日本中から悪意を向けられながら、2016年2月末に東電メルトダウン判定基準のマニュアルが存在していたことを公表したことで汚名を返上するまで、絶え間ない人格否定と罵詈雑言と中傷によるネット拷問に晒されながらも、当該のツイートを削除することもなく孤独に闘い続けてきたのだということを、忘れてはならない。そして、こうして毀損された名誉が回復されるためには、心ある諸氏ひとつひとつの応援が何よりも大きな力となっていくのだということ…ひとりひとりの声は決して無力ではなく、確かな力そのものであるということを、どうか覚えていていただきたい。

 

上杉隆氏の発信内容の再検証と、氏の一日も早い名誉の回復を、心より祈っている。(検証は続く)

 

 

 

花筏 拝

 

 

 

 

 

◇追伸◇

 

上杉隆事務所の方や、NORBORDERの方々、そして上杉さんを支持しておられる方々へ。

 

本ブログの内容が、上杉隆氏の名誉回復の一助となれましたら光栄です。

 

稚拙な文章で恐縮ではありますが、万一有用そうなセンテンスがございましたらば、本ブログの内容をご自由に活用してくださいませ。